アメリとアリーの大冒険。

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アメリの旅立ち。

PCを開かないと決めた途端、私のPCは壊れた。
私の意志の弱さを知ってか知らずか・・・。
ということで、本当にPCを開くことができなかった。

「習慣」というのは、なくなると落ち着かないということに気づいた。
日々、自分の思うことをこの場に綴っていたので、それができないこと
に多少なりストレスを感じていた自分がいた。
やはり「書く」という行為は日々の自分を整理するために、最も有効的な
手段であるということに気づいたのである。


アメリの旅立ちまで1週間となった。
今回の旅はいささか危険なニオイがする。
そのため、この1ヶ月で逢いたい人には、なるべく逢うようにしていた。
けれども旅立ちの前に逢いたかったが逢えなかった人もいる。
だからやっぱり何事もなく帰国したいのだが・・・・。

今週末、高校時代の親友の結婚式がある。
今週、逢いたい人と新国立美術館に行く。
今週、大好きな友人とランチをする。
今週、大好きな人たちと最後の勤務である。
今週・・・・・・。。。

先週、大事な友人と食事をした。
先週、大事な人に逢った。

先々週、素敵な先輩のお家に招待された。
先々週、大好きな友人とランチをした。

先月、大好きな先生と食事をした。
先月、大好きな友人と皇居の周囲をお散歩した。
先月・・・・・・。。。

でもまだ逢いたい人は沢山いる。
「モモの会」には参加しなくてはいけない。
りんごちゃんに逢いたい。
彼女にも逢いたい。

そうだ、帰国したら和歌山の動物園の双子のパンダ
に逢いに行かなくてはいけなかった。
大事な友人と、伊香保温泉に行く約束もしていた。


さて、2/20,16:30,デルタ航空にて旅立つ。
帰国は多分 3/21,15:00 だったように思う。


大好きな人たちに、

「ありがとう」

そしてしばしの間、

「さようなら」


私が日本語で一番好きな言葉は、

「ありがとう」
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# by ameri-ally-french | 2007-02-13 09:56 | 日常。

アメリとアリーの大冒険 「追記」

とうとう2007年が始まった。
2006年の23:58までは記憶があるようなないような・・・・気もするが、
それ以降の記憶はなく、今日を迎えてしまったのである。
相変わらずな感じで今年も幕を開けてしまったので、早めの方向転換
をしなくてはいけないと思いつつ、こたつからでられない私である。

私はよく友人や上司から意志が強いと言われる。
上司に旅のために1ヶ月の休暇もしくは退職の意志を告げたときも
「貴方はね、全てにおいて意志が強いからきっと何を言ってもその
気持ちは変わらないのよね・・・。」
と言われた。

けれども、私はものすごく意志が弱い。
両親に言われる。
「貴方は一度言い出したら聞かない子だから、もう諦めているわ。」

そうなのだ。私は意志が強いわけではなく単に我儘なのである。
だから、肝心な所で自分に甘い。

国家試験のときもこのままでは不合格になると思い、
TV・本etc・・・とにかく勉強の阻害因子は全て排除した覚えがある。
意志が弱いので、それ位のことをしないとダメなのである。

最近は勉強もさぼり気味である。
年賀状もまだ途中である。
読みたい本も、部屋に積み上げたままである。
旅の準備も中途半端である。
それから・・・・?

まぁ、とにもかくにもやらなくてはいけことと行動が、反比例している。
自分を振り返って、阻害因子を考えてみる。
・仕事→確かに9月から丸1日のお休みはたった3日しかなかった。
・PC→これが一番の問題であるような・否そうである。

ということで、意志の弱い私は2月20日からの旅の終わりまでは
PCを開くことは止めようと思う。
さてPCは誰に預けようかしら。

旅の終わりは、無事に帰国すれば3月22日。
その日から、また旅の日記をつけに戻ってこようと思う。

私の意志とは?
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# by ameri-ally-french | 2007-01-01 11:42 | 思うこと。

☆voyage☆

南米行きの格安航空券を手に入れた。
と同時に、自由を手に入れたような錯覚に陥る私。
格安航空券は私にとって、未来と現在をつなぐ希望のチケットである。
今回は友人との旅である。
異なる感性で同じものをみて、果たして何を感じるのだろうか。
今からとても楽しみである。

まだ私が学生であった頃、先生が私にこう言った。
「独身でいることで何が辛いってね・・・・友人たちが結婚していって、
旅を供にする友人が減ることよ。それだけが辛いのよ。」
その言葉をふと思い出し、旅を供にできる友人に恵まれていることに
嬉しさを感じた。


日々、沢山の刺激に囲まれている。
ただ、それをキャッチするかどうかは、自分にかかっている。
自分にかかっているとはいえども、敏感に生きていれば、
全てをキャッチできるというわけではない。
やはり何事も基盤が必要であり、沢山の刺激を感じるためには
それ相応の準備が必要である。
出逢いであったり、読書であったり、美術館や博物館に行くことであったり、
・・・・とにかく自分の感性を磨くことを心がける必要があるように思う。
つまりは、私にとって「旅」とはその全てが凝縮して経験できる、
絶対的なものなのである。


「旅」をして、自分の位置を確認して、新しい自分を発見して、
新しい友人を作って、自分がどれだけ幸せなのかを感じて、
そして、日本の素晴らしさを再認識して・・・・後はなんだろうか。
未来は誰にもわからない。だから、後のことは後の楽しみと
いうことで。


アメリとアリーの大冒険・・・・序章はここで幕を閉じることとする。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-28 18:23 | 思うこと。

☆A COLLECTION OF SHORT STORIES→no.2☆

私の大好きなTV番組は、日曜日の情熱大陸→世界遺産である。
昨晩は国連職員の日本人の話とギリシャのテッサロニキであった。

彼はWFP(国連世界飢餓食糧計画)のスーダン局長である。
彼はTVの前にいる私たちに語りかけていた。
「食べることができなければ、何もはじまらない。」
「この豊かな状況の中でなにか行動に起こそうと思わなくてもいいですが、
このような状況があるということだけは、知っておいてほしい。」
最後の映像はあまりにも凄まじく目を覆う自分がいた。
食糧庫が破壊され、人々は殺された・・・・のである。
彼の願いは自分が失業することであるという。
食事をありがたいと感じられていない自分を思い、なんだか恥ずかしくなった。
明日から、手と手を合わせて「いただきます。」と言い、食事をはじめようかな。

世界遺産で久々にテッサロニキに出逢った。
国境近くのこの地には、過去に3度ほど踏み入れたことがある。
けれども、こんなにも神秘的なところだったとは気付かなかった。
それもそのはずである。  路地裏の食堂で地元のおじちゃま相手に
食事を楽しんだだけであったから。
それはそれで満喫であったが、世界遺産を作るスタッフの眼で世界を
みてみたいなぁ・・・・とも思う。



ある作家の言葉を思い出す。
「この世にはいろいろな悲しみがあり、時間が過ぎていく。自分だけの
狭い世界から、少しだけ頭をだして、人の苦しみを思った。それだけで
私には素晴らしいことであった。」






クリスマスイブだというのに、私は金縛りにあった。
今回の金縛りは凄かったというか、ものすごく怖かった。
体が動かないだけではなく、首を絞められているのか
呼吸困難であった。
私は、とうとう目を開けてしまったのである。
絶対に開けてはいけないといわれているのに・・・。
そして、相手の人と目が合ってしまった。
朝から、その残像に悩まされ、左半身は重く、寒気
がした。 あまりに調子が悪いので、仕事場のお清めの
塩を全身にふりかけてもらった。
仕事も後半となり大分調子よくなったが、バイト先の病院
で誰か連れてきてしまったかなと思うと気分が沈む。
霊感は全くといっていほどないのだが、金縛りだけはよく
あう。   皆にお払いを勧められた。
さて、行ってこようかなぁ。



私の周囲の友人たちの大半が、過酷な恋愛をしている。
そういう自分もつい最近までは、彼女たちと同じレール上に
いたのであるが。次はこのレールに乗らないといいのだが。
ある友人は言う。
「やっぱりね、2番目は嫌ね。愛人とか浮気相手とか・・・そんな
のはこの時期、やたらと寂しいのよ。」
ある友人も言う。
「そろそろ、私だけを見てくれる人がほしいのよ。」
例え、その人の1番ではないとわかっていても終止符をうつのは
とても難しい。  理由は単純である。  寂しいのである。
最近友人となった、愛らしい女の子は言う。
「毎日逢いたいのにね、彼は忙しいから逢えないの。メールも1日
2回位だし・・・。」
ふっと思う。そういえばそんな思いでいっぱいの恋愛をしていた時も
あったなぁ・・・と。
あまりに耐えすぎて、求めることを止めてしまった結果、
2番目でも大丈夫だもの。時々連絡くれればいいもの。ちっとも寂しく
ないんだもの。
・・・・という自分を作り上げてしまったのである。
友人の一人の、
「恋愛くらい、子どものままの自分でもいいかもね。」
という言葉に深く頷いてみた。
冬の寒さは、ちょっとばかり残酷である。
皆で、こんな恋愛に終止符をうち、自分だけを見てくれる人に出逢えれば
いいのだけどね。

星の王子の作者、サン・テグジュペリの言葉に
「愛するそれはお互いを見つめあうことではなく、
いっしょに同じ方向をみつめることである。」
というものがある。
そう、私が求めているのはこれである。

友人と、久々に恋愛話に花?が咲き、
角田光代の「今、何してる?」を読むことにした。


仕事から帰ると、久々の友人2人からクリスマスカードが
届いていた♪
なんだか・・・・なんだか・・・・とっても嬉しい。
久しぶりの友人の字は、素敵なクリスマスの始まりと終わり
をくれた。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-25 20:59 | 日常。

C’est la vie.

去年の今日の手帳を開いてみた。
島の友人と3人で、日勤の後クリスマスパーティーをしていた。
あの時、3人でしみじみと
「去年の今ごろは、まさか自分が島で働いているとは思わなかったよね。」
「本当に未来はわからないことで溢れているよね。」
「来年の今ごろも同じ事いっているんだよね。」
「来年は何をしているんだろうね。」
「う・・ん、私たちのことだから働いているんじゃない・・どっかで。」
「そうだね・・・・でも島にはもうきっといないね。」
「うん、お互い地元にいるだろうね。」
そんな会話をしていたのが、つい昨日のことのように思い出される。
あれからもう1年の月日が流れたのだ。

昨日の夜勤で、97歳の腰痛で入院している患者さんと話に花が咲いた。
「戦争にはいったよ。マレーシアに10年もいたんだよ。その後もね、戦犯で2年間刑務所にはいっていたんだよ。  僕はね、鉄道部隊でね機関車を走らせていたんだけどね・・・。」
話は30分以上にわたった。  けれどもとても楽しかったのでつい仕事を中断して話に聞き入ってしまった。    彼は戦争時代の話を昨日のことのように話す。   
「人生はあっという間に過ぎ去るんだよ。だから今を精一杯生きなさいね。   僕は男だから偉そうなことは言えないけれど、やっぱり女の人の幸せの究極は結婚と子どもを育てることにあると思うんだよ。  貴方も早く結婚して、子どもを育てなさい。きっといいことが沢山あるからね。」
97年間の人生を元気に歩んでいる患者さんの言葉は胸にしみる。

TIA疑いで入院した84歳の患者さん。
彼は言う。
「今まで健康そのものだったんだよ。  健康ってありがたいよ。   健康で生きていないと花は咲かないからさ。   明日何があるかわからないのが人生だよ。  楽しまないとダメだよ。」
そう、普段気付かないようなことに最高の幸せは隠れているのだろう。


今日は夜勤明けであった。
偶然友人と同じ病院で働いていたため、明けでお茶の水に繰り出した。
朝から、動けなくなるほどお寿司を食べその足で上野までお散歩をした。
「来年の今日は何をしているかねぇ・・・。」
「そうだねぇ・・・また病院でバイトじゃない。」
「笑・・・・そんな気がするね。」
なんて言いながら。


少しばかり気が早いが今年を振り返ってみた。
7月までは島で働いていた。東京に戻り、その足でパリに向かい、帰国後
友人の住む北海道で休暇を満喫した。
8月は友人とギリシャ・カタール・ブルガリア・クロアチアを旅した。
9月から今日までは仕事の日々。
特に大きなトピックスはないけれど、日々元気に過ごしていた。
素敵な人にも沢山出逢えた。
そういえば、今年は反面教師にほとんど言っていい位逢わなかった。
なんだか、その事実に気付いただけでも、ものすごい幸せな1年だったように思う。


今年のキーワードは「出逢い」。
来年にも持ち越すつもりである。



さて、
「来年の今ごろは何をしている?」
そんなことを考えると、プレゼントを開ける瞬間のようなドキドキが浮上する。

クリスマスにプレゼントをもらうなら何が欲しい?
と友人に聞かれた。

「未来がほしい。」
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# by ameri-ally-french | 2006-12-24 21:34 | 日常。

☆A COLLECTION OF SHORT STORIES→no.1☆

「人生とは旅であり。旅とは人生である。」
この言葉は、沢木耕太郎の深夜特急で出会った言葉であり
今でも好きな言葉のひとつである。
最近、これに匹敵する素敵な言葉に出会った。
「歴史とは人間である。」
この言葉は、塩野七生のローマから日本が見えるで出会った
言葉である。彼女は冒頭でこう語る。
「どんな人間であろうと、自分の一生の中で経験できることは
限られている。たとえ政治家になって大きな権力を握ろうとも
、その人には芸術家としての人生は体験できない。努力に努力
を重ねて世界的な大企業のトップに上り詰めても、そこで経験
できることも、主として企業人の人生でしかない。だからこそ
私たちは映画を観たり、本を読んだり、あるいはテレビを見たり
する。そこには、自分が体験できない種々様々な人生が語られ
ているから。歴史とは、人類がこれまで経験した全てのこと
が入っているのである。だから歴史は興味深いのである。

今年も沢山の本に出逢った。来年も沢山の人生を感じたい。
そんな風に思ったのである。

最近私の好きな「村上春樹」が訳した本が出版された。
最近この本を持っている人、購入している場面、読んでいる途中
の人に出くわす。
それが例え知らない人であっても、彼の作品を読んでいるという
事実だけで、親近感に似た感情が自分の中に駆けめぐるのである。
初めて逢った人が自己紹介で「村上春樹を愛読しています。」と
言ったのならば、それが目の前の人物の全てを語っているように思うの
である。


被害妄想・暴力行為の激しい88歳の患者。
夜間その激しさは増していく。彼女の息子に電話をかける。
遠くに住んでいるにも関わらず、すぐにきてくれた息子。
「本当にすみません。前回の入院でもこんな状態だったん
ですよ。本当に困っていまして・・・。自分が小さい頃から
こんな母親でして・・・。人の話など聞くような人ではないのですよ。
この人のおかげで私の人生もだいぶねぇ・・。」
なんだか疲れきった息子さんの話を聞いていると、悲しく
なってきた。
親で自分の人生が変わってしまった・・・と、娘ほど歳の離れた私たち
にもらしてしまった息子さんの心の中は。
自分の両親にもいずれくる「老い」。  私はその時それを受容できるの
だろうか。


とうとう、高校時代からの一番の友人から結婚式の招待状が届いて
しまった。さて、行くべきか否か。今も考えている。
新人の頃からとてもお世話になっている先輩からメールが届いた。
2年後の4月に結婚するので、空けていてほしいとのこと。
2年後の4月・・・・果たして私は何をしているのか?
一寸先は闇というけれど、先のことをいうと鬼が笑うというけれど、
私は明日の自分でさえ見えないのである。


「チベット仏教というのはそういうものなんだ。善いことをすればいつか
必ず報われる。悪いことをすれば、いつか報いがある。」
「日本でもよくいうじゃない。」
「違うんだって。」
「日本人はその報いをすぐにほしがるだろう。でも、違うんだよ。
今じゃなくていいんだ。生まれ変わった後に、それが返ってくるかも
しれない。日本人は即効性を求めるから、いつも苛々、せかせかして
いるんだよ。」
今、仕事場の患者の数は少ない。定員数37に対して17名である。
ひとりの患者さんにかけられる時間はいつもの倍以上である。
心に余裕があるときは優しくなれる。   人生は短いか、長いか?
と問われてもわからない。けれども、心に余裕をもつことで何か
が得られる・・・そんな気がした。
生きることの基盤は、「優しさ・思いやり」なのかもしれない。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-23 12:46 | 日常。

そうだった・・・。

92歳のおじいちゃま。
彼は私の勤める病院の患者である。
発熱・脱水で入ってきたのだが、もともと無口な性格
であることと、全身状態の低下により活気はなかった。

食事もとらず、言葉もあまり発することはなかった。
話しかけても、ちらっと見るくらいですぐに眠りにはいる。

そんなおじいちゃまを少しでも活気づけようと、車椅子に乗せ
てみた。ご飯も車椅子で食べさせることにした。
そして、沢山話しかけた。  反応の有無は関係なく、とにかく
話しかけてみた。

昨日の夜のおじいちゃまは、なんだかいつもと違った。
そう、車椅子に乗っておいしそうに自分でご飯を食べている
のだ。そして、私の声かけにも笑顔で答えてくれる。

明日、退院することになったおじいちゃま。
今日がおじいちゃまと逢える最後の日だったため、最後に
顔を見に行った。

「今日でお別れね。風邪ひかないでね。」と言うと、
笑顔で
「寂しくなるね。」
と言われた。

久々に思った。
「そう、私は看護師だった。そう、私はこの仕事が好きだったのよ。」

久々に若かりし頃の自分を思い出した。
もっと、患者さんに思いやりをもたなくてはいけないな。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-18 12:25 | 日常。

「ハゴロモ」

初めて逢った人。
私にとってまず第一に大事なのは「声」である。
自分にとって心地よい「声」であるかどうかが重要である。

「声」が自分にとって心地よかった時に、自分の中で
その人に対してのひとつ扉が開くような気がする。
その扉が開いた次は、「声」を使って「会話」が始まる。

初めて逢った人であるから、会話の大半は相手のことを
知るための会話である。

初めて逢った彼女とは、ひとつのキーワードがでると次々に
共通点が浮上する。
その言葉の連鎖に、私は心地よい気分に陥るのである。

自分とは異なった価値観を持っている人と話すのは楽しい。
けれども、自分と似た価値観を持つ人と話すのは、楽しい以上
の何かがある。
それはきっと、「声」を発さなくとも通じているという安心感を
もたらすからであろう。

沢山の言葉は必要ない。
相手の表情やしぐさが・・・・言葉以上のものを与える。

私と彼女の最大の共通点は
よしもとばななの「ハゴロモ」である。

「同じような気持ちでそばにいるだけで、語り合う言葉がないほうがかえって通じ合えるということのすばらしさを私はその歳にしてもう知っていたみたい。」
とるみちゃんは笑った。
人と人との間には本当は言葉はない、ただ、全体の感じがあるだけだ。
その全体の感じをやりとりしているだけなんだとるみちゃんは悟ったそうだ。

そんな「ハゴロモ」の一文を思い出した。
初めて逢った彼女は、私にとっての「ハゴロモ」となった。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-17 13:13 | 思うこと。

MOT[モ mo↓]

今日、「君の言葉にいつも助けられるよ。」と友人に言われ、
むしろ私がその言葉に助けられているなぁ・・と思った。

甘えさせてくれる友人や、厳しく叱ってくれる友人がいる。
それは私にとって、とても幸せなことである。

沢山の言葉に助けられ教えられ、生きている。


今日の朝刊でみつけた記事。
フランスの大学受験試験資格を得るための問題のひとつ。
「ある日、セーヌ河で飛びこみ自殺をしようとしている人に遭遇した。自殺を引き止めるために、どんな言葉を貴方はかけますか。」
確か、そんなような問題であったように思う。

朝から、今に至るまで考えている。
今日はさして寒くなかったため、ひと駅前で降り、30分かけゆっくりと歩いて家路に着いた。
その間中、考えた。しかし、私には気の利いた言葉がみあたらない。

哲学博士で教授の、中島義道先生の「どうせ死んでしまう・・・・・」という本の一節を思い出した。
「先生。どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのでしょうか?」
「それはね、君が死んだら僕が悲しいからだよ。」

気の利いた言葉などいらないのだろう。
そう、貴方がいなくなったら私が悲しいから。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-13 00:28 | 言葉。

電車。

毎日のように中央線の乗車率の高さにうんざりだ。
大好きな人とだってこんなには密着しないだろうって・・・思う位の乗車率。
みんなが降りたいのに、必ずドア付近で意地でも降りない人がいる。
降りてくれた!・・・と思えば、まだみんなが降りきっていないのに、既に乗り込んでくる人もいる。音漏れの激しい人が増えたような気がする。ガムを噛んでいる人の音にも敏感になってしまう。朝の「せかせか」は皆に伝染する。「イライラ」も伝染する
私の唯一の防御策は、読書である。  本だけが私を違う世界へと運んでくれる。
けれども、最近は本を開くのもままならない。
やれやれ、困った。

でも今日は車掌さんが、阿佐ヶ谷の次の停車駅を間違えた。高円寺を飛ばして中野のアナウンスを流してしまった。  車掌さんのちょっと慌てた声の感じに、なんだか癒された私。

人間なんだもの、間違えることだってあるものね。
・・・と、漠然とした安堵感を得たのである。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-11 23:15 | 日常。

気分は晴れないけれど、今日は晴天ね。

今日は晴天。
昨日の鬱々とした天気とは大違いである。
こんな日は部屋の大掃除といきたい所だが、気分が乗らない。
先日、仕事場の掃除を頑張りすぎて(私のチームの掃除リーダーがスパルタなため、やらざる終えない状況であっただけであるが。。。)、部屋の掃除の分のエネルギーも使い果たしてしまったのである。

とういうことで、今日は部屋の窓を全開にして空気を入れ換えて、ラジオはAM810にダイヤルを合わせ、先日購入した「yomyom」を読むことにした。
この「yomyom」は、本屋のレジの前に山積みになっており、ついつい新潮社のよんだパンダが好きな私は、赤の表紙のよんだパンダが書かれている表紙に一目ぼれして、購入にいたった。暇潰しにと買ったのだが、なかなか興味深い雑誌である。

他にやることは・・・・。

・宿題をやらなくては。
・足の爪にマニキュアを塗ろう。
・お手紙を書こう。
・2月から3月にかけての旅のルートを考えよう。
・年賀状の準備をはじめよう。

あっ、やることは沢山あるようだ。
「yomyom」など読んでいる場合ではなかった。通勤途中の読書TIMEにとっておこう。

さて、熱くて苦いコーヒをdripしてとりかかろうっと。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-10 12:09 | 日常。

「イラッとスイッチ」

僕がまだ年若く、心に傷を負いやすかったころ、父親がひとつ忠告を与えてくれた。その言葉について僕は、ことあるごとに考えをめぐらせてきた。
「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ。」と父は言った。
「世間の全ての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないのだと。」

私は、モチベーションが自分以外の問題で落ちそうになると、この言葉を思い出す。
フィッツジェルラルドの作品の中では群を抜いて好きな作品の冒頭である。


自分の常識が他人の目には非常識に映る場合だって、あるかもしれない。
私が貴方を苦手とするように、貴方も私を苦手としているのかもしれない。

♪育ってきた環境が違うなら~
・・・という歌があったように思う。

そう、きっとそうなのだ。
最近自分の中で「イラッとスイッチ」が押されると・・・
まず一呼吸する。
そして考える。  私の世界が全ての人の世界ではないのよ・・・と言い聞かせる。

それでも、やっぱり「ON」になってしまう時がある。
今日はどうやら「ON」の日であった。
そんな日はとても疲れる。

怒るって、エネルギーを使う。
私の貴重なエネルギー・・・こんなところで放出している場合ではない。

「イラッとスイッチ」は「OFF」にして、漏電を避けないといけないな。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-09 00:28 | 言葉。

アリー短編集。

携帯電話を忘れ仕事に向かった私。
あまり携帯電話に思い入れもないため、取りに帰ることはせず仕事に向かった。
そんなときに限って電車が止まる。
中央線のダイヤの乱れは、今に始まったことではないのだが、今日はやめてほしかった。
なぜなら、携帯がないため仕事場の電話番号がわからないからだ。
普段はアドレス帳も持ち歩いているのだが、今日に限って何も持っていない。
駅に着いた私は、公衆電話を探す。  ・・・・がなかなかみつからない。
やっとみつかった公衆電話で「104」に電話をする。
悪いこととは重なるものであるようだ。  「104」には登録がないとのこと。
それでも、どうにかこうにか仕事場に連絡をつけることに成功した。  携帯電話があれば何十秒、アドレス帳があれば1分程度で終ることに、10分近くの時間を要した。
朝から、バッパー気分を味わった私である。
携帯電話・・・・・長所があれば欠点がある。  それは致し方ないのだろう・・。




今日の仕事は半日。珍しく午後は用事もない。
こんな時、やりたい事の山積みな私は忙しい・・・はずであるが、暇である。
否、暇という言葉は不適切である。   単に時間を持て余しているだけである。
忙しさにかまけて、時間の使い方を忘れてしまったようだ。
まぁ、こんな日もいいかと思う。  結局、忙しい時に(暇な時間ができたらやろう。)と思っていたことはひとつもできず、読書に全ての時間を費やしてしまった私。
お風呂にローズの入浴剤をいれ2時間も読書を楽しんだ結果・・・私の体は皺くちゃとなってしまった。




暖房が嫌いな私の部屋は、外気温より低いように思う。
去年の手帳を開くと、島にいたためまだ半袖で過ごしていた。
たった1年冬を感じなかっただけで、冬が苦手になった私。
とうとう、だしてしまった・・・・「こたつ」。
これが私をダメにする。わかっていたのに出してしまった。
「こたつ」の誘惑に勝たなくてはいけない・・と思っている今、既に「こたつ」から
抜け出せない私がいる。




久々に大好きな郵便局に行った。  私は郵便局が大好きである。
どの国に行ってもまず気になるのは、POSTと郵便局である。
「年賀状にプラス20円で世界に送れます♪」
それは素敵なお知らせである。
早速、イスラエルに、ロシアに、ドイツに、ギリシャに、年賀状を書こうかなぁ
それにしても羨ましい。  葉書はたった70円で世界を旅できるのだ。




最近気になっているケーキ屋さんがある。
ダイエットの文字を都合よく頭から削除して、ケーキ屋さんに向かってしまった。
私の好きなケーキは「いちごのショートケーキ」。
でもなかった。でも、もうひとつ好きなケーキがある。
その名は「シブースト」。
早速、購入して苦めにおとしたコーヒーと供に食べた。
美味しいものは、人を幸せにする。  




人が人として幸せであるために、最低限必要なものを挙げるとしたら?
それは「自由」ではないのだろうか。  けれども、自由の裏には孤独が存在する・・・。
幸せになるためには、耐えることも必要である。だれかがそんなことを言っていたのを、
ふと思い出した。   そういえば孤独を、「幸せの負債」と表現した人もいたような・・・。
最低限必要なもの・・・・私は何だろうか?
なんだか、中島みゆきの歌が聴きたくなった。
でも、アメリをかけてみた。そして、お香をたいた。
なんともちぐはぐである。  仕方ない。
今、私は模索中であるのだから。




「優しさが運を開く」
そんな言葉を美輪さんが言っていた。
・・・・・優しさを放って生きていかなくてはね。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-06 22:43 | 日常。

アメリ短編集。

私は「R」の発音がいまだできない。
今日のレッスンでも悪戦苦闘である。
先生は「うがいをするようにね。」というけれど。
うがいをするように話すなんて、、、、そんな器用なことはできない。
そして、困ったことに「うがい」はいつでもできるわけではない。
イタリア語の本に「巻き舌の練習の仕方」が載っていた。
唯一日本語で巻き舌を使うのは「とろろ昆布」であるとか。
確かに、巻き舌になる。
フランス語の「R」の練習に最適な日本語ないものか。。。
やっぱり、諦めて「うがい」をするかな。



帰宅途中に酒屋に寄る。
久々にワインでもと思ったが「シードル」が目に入った。
フランクフルトの市場で飲んだ、まだ出来たての「シードル」を思い出した。
口いっぱいに広がった甘酸っぱいあの味が、なんだか胸にきた。



図書館で借りた本の期限が過ぎたことに気づいた。
けれどもまだ、読んでいない本がある。
そんな事実をよそに、本を購入してしまった。
なんだか、重たい本は読む気になれない。
村山由佳の「永遠。」を購入した。
彼女の作品は、いつだって涙をためて流れるのをこらえる・・・そんな作品が多いように思う。
電車の中で読んだことに後悔を覚えた。


最近、元気がでない。
だから、 Carla Bruni のquelqu'un m'a dit を聴いている。
仕事場で、夜中に聴いていたら同僚が休憩からもどってきて一言。
「アメリは変わった音楽を好むのね。」
そうか、私はやっぱり・・・・そうなのね。
「サルサ」でもレンタルしに行こうかな。



虎之助が着々と「冬眠」の準備を始めている。
そして、なぜだか小屋の下にタオルを引っ張ってきて包まって眠っている。
J'ai sommeil, だから私も「冬眠」したい。
虎之助と供に準備を始めようかなぁ・・・・・そろそろね。



好きだった人から、久々に連絡がきた。
気まぐれの彼には、いつだって振り回されていた。
まぁ、振り回されていたのでさえ当時は嬉しかったから、特にそれ対して不満はないが。
もう、逢わないって決めてからも何度彼に「振り回されて」いたか?いや、自ら振り回されていたと言ったほうが、正しいかもしれないが。
今回はきちんと断れた。
人はこんなこと、たいしたことじゃないと思うかもしれない。
けれども、私は頑張ったのである。とても頑張ったのである。




私のフランス語の先生はとても美人である。
先生は来日1ヶ月。でもパリ大学で日本語を専攻していたため、日本語も上手である。
そして、「漢字」だって上手に書く。
今日は息を切らしてレッスンの時間にやってきた。
今日はデートの日なんだとか。
「Il est japonais,」 先生の彼が羨ましい。
そういえば、Parisに初めて足を踏み入れた時に日本語を学んでいるというパリ大学の学生に、流暢な日本語で質問されたなぁ。
「日本はいつまでもアメリカの傘下にいていいのですか?嫌ではないのですか?」
「今の日本に対する不満は?誇れる点は?なんですか。」
あれは今から遡ること5年?
いまだにその答えは模索中である。





それにしても、眠すぎる。
これはある種の現実逃避であるのだろうか。  
レイモンド・カーヴァーでも読んで、現実に戻ろうか。



 
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# by ameri-ally-french | 2006-12-05 21:21 | 日常。

ラテン。

昨日はラテンパーティーに行ってきた。
狭い空間に、大音量という環境に多少の疲労を感じたが、楽しかった♪

私は、ラテンののりが大好きである。
ラテン音楽を聴くと、全てがちっぽけに感じる。
どうでもいいやと思う。

一見、自分をだめにしているように聞こえるかもしれないが、こんな気持ちをもつことも必要である。これは逃げではなく休息であると私は捉えている。

高校生までの長期の休みは、朝遅く起きて・夜更かしをするという行為を繰り返したところで、
「自分はこのままでいいのか?」
なんて問いを向けることはなかった。

けれども、今そんな生活を1日でも過ごすと自己嫌悪に陥る。
「私はこのままでいいのか?」・・・と。

漠然と過ぎ去る日々に恐怖を感じる。
そんな私は、休むことなく働き、そして自分のために何かをしている感を持ちたくて、勉強をする。

自分ではそんなに疲れているとは思っていなかった。
けれどもラテンパーティーで久々に逢った友人に指摘された。

「アメリ、すこしお休みしなさい。2月は旅にでるよ。貴方を癒す旅だからね。」

友人と南米を旅することにした。
「自分はこのままでいいのか?」
という問いは、少しの間たんすの奥深くにしまい、しばしラテンで行こうと決めた。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-03 15:03 | 日常。

美しい人。

ものすごく美しい人に出会った。
とにかく、彼女は美しい。
あまりの美しさに、彼女を一度みるとなかなか目が離せない・・・どころか、釘付けである。

私の好きな女優さんは「原節子さん」。
彼女のでている、小津映画を観るたびあまりの綺麗さにため息であったのだが。

今回は、目の前でため息である。

以前、ブルガリアのヴェルコタルノヴァに足を踏み入れた時、皆があまりにもバービィ人形のようかわいらしかったため、女であることを止めようかと思ったことがある・笑。

男の人が綺麗な人に目がいってしまう気もち・・・よく理解できる。
私も綺麗な女の人は大好きである。
けれども、ただ綺麗なだけではいけない。
そこには、知的という要素が含まれていないといけないのだ。

昔の少女マンガでは、綺麗な人は必ずといっていいほど、意地悪であった。
けれども、あれは美しくない人のやっかみである。
美しい人は意地悪になる必要がないのである。

そう、私の周囲の美しい人たちは皆素敵である。

美人の友達は美人というけれど・・・・。
美しい人たちの近くにいれば、私にも美しいオーラが飛沫してこないだろうか。
そんなことを思った日であった。

あっ、あの美しい人をどこかで見たことがあると思ったら、北斗の拳にでてきたさゆりさん(だったかな?)に似ているのだ。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-03 14:49 | 日常。

大丈夫なの?

新聞の1面を飾っていたある話題。
今日電車の中で目にした風景でよみがえってきた。

「給食費滞納18億円」

「電車の中で靴をはいたまま座席に立っている子供を、黙認する親」


私の母は、少々抜けたところがあり普段使っていない銀行であったため、よくお金を引き落とし日までにいれておらず、先生に白い小さな紙をもらう羽目になっていた。(給食費を払ってくださいという紙。)私の記憶をたどっていても、経済的に困窮していたのではないかと思われる人を含めて2.3人だったように思う。

それがいまや・・・・こんなことになっていたとは。

そして滞納の理由がこれまたすごいのである。
確かに経済的困窮もあるが、支払い能力があるにもかかわらず、「拒否」をしている家庭もあるという。

「拒否」の理由・・・
・自分の子供の嫌いなおかずが沢山でるのに、なぜ払わなければいけないのか。
・勿体無い。
・・・・etc

信じられない理由の数々に絶句である。

最近は、子供の教育について様々な問題提起がされている。難しいことはよくわからないが、まずは、親の教育から・・・・だったりするのではないだろうか。

電車の中で座席に靴をはいたまま、立ってはいけない。
・・・・・それ位の注意ができるようになってはいただけないだろうか?

最近、学校の先生をしている友人に逢った。
彼女が言う。
「最近はなんでも、先生まかせなのよ。こないだなんてね、家に帰ってくると、ずっと携帯電話で、誰かと長電話をしているんです。先生から注意していだだけませんか?っていわれる始末よ。」

またまた絶句である。

私の時代がよかったかどうかはわからないが、確実に負の方向に進んでいるように思う。
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# by ameri-ally-french | 2006-12-02 07:01 | 思うこと。

母との散歩。

今日は、母と供にお買い物に出かけた。
隣町に用事があったのだ。 電車であれば一駅のため、3分もかからないのだが、母との相談の結果、歩いて行くことにした。

3分のところを、30分以上かけた。

今の家を購入するまでは駅の反対側に住んでいた。かれこれ15年以上・・・母は20年以上住んでいた。もう、以前の家は取り壊されているためないが、その周囲をゆっくりと散策しながら、隣町まで行った。

小学校や、友人の家、そしてなじみのお店を通りながら。
けれども、私が通っていた小学校の登校班ルートの間にあった建物の半分はなかった。
取り壊され、空き地になっていたり・・・他の建物になっていたりと、様変わりしていたことに、軽いとまどいを感じた。

日本にいると、よく感じるとまどいである。
半年も行かないと、その場所は何かしら変化をとげている。

日本は、天災の多い国であり、木造建築も多いので致し方ないことなのかもしれない。
けれども一抹の寂しさを感じるのだ。

私の好きなヨーロッパ。
特に中欧は、何度足を運んでも変わらない。
1年経っても2年経っても、5年経っても・・・
同じ場所に同じ建物が存在する。
なんだか、故郷でもないのに安心する自分がそこにいる。

ある人はいう。
旅で写真は撮らないことにしている。なぜなら、一番素敵な瞬間をレンズをとおしてみるのは、違うから。やはり、自分の目でみたいんだよと。

そう、思い出は自分の中に残っている。
だから、環境が変化しようが思い出が変化することはない。

と思いながらも、母と二人、少しだけ寂しさを胸に帰宅した。
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# by ameri-ally-french | 2006-11-27 00:12 | 日常。

ショコラ。

久々にTVをつけたら、「ショコラ」が放映されていた。
友人との待ち合わせまで時間があったため、しばし「ショコラ」の世界に浸ることにした。

昔、友人に「ショコラ」は見るべきだと薦められた。
なぜだか、ミニシアターにこだわっていた(今でもかなぁ)私はあまり気乗りがしなかった。
そのせいかどうかは、不確かではあるが、タイトルをきちんと記憶していなかった私がみたのは「チョコレート」。

なんだか、友人がいっていた「ほんわか」は、そこにはなかった。
どちらかというと、「ダークな気分」であった。

それもそのはず、私が観たのは「ショコラ」ではなく「チョコレート」だったのだから。。。

やっと「ショコラ」に出逢えた。
そこには、友人の言う世界が広がっていた。

「他人の存在を認めて、初めて自分が認められるんだよ。」

そんな言葉に酔いしれた。

早速、「ショコラ」を購入した。
口いっぱいに広がる甘さ。
ちょっとだけ、幸せになった。
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# by ameri-ally-french | 2006-11-23 21:48 | 日常。

隣の芝生は何色?

自分のアンテナが、一度に沢山のことを受信してしまうと、自分自身に自分がおいていかれる。

友人がイギリスに旅立った。
友人が結婚した。
友人が・・・・。

一度、隣の芝生が青くみえると、その思いは急上昇していく。
自分には止められない。

そしていつかおさまる。

今、自分がしたいこと、すべきことはなんなのか。
そんな大事なことがみえなくなる。

基礎が一番大事と思いながら、応用問題に行きたくなる。
結局、解けずに基礎に戻る。

わかっているのに、また応用に行こうとしている自分に、へとへとだ。

星の王子は言う。
「大事なものは目にみえないんだよ。」

今の私は、大事なもの以前に自分がみえない。

今、私のすべきことは?
そう、わかっているのだ、本当は。

今私のすべきことは、自分を生きることなのだ。

人に自分の人生を預けることも、貸し出すことも、与えることもできない。
人の人生を自分が生きることも、貸してもらうことも、与えてもらうこともできない。

それなら、やっぱり自分を生きるしかないのね。
隣の芝生など見ている暇があったら、自分の芝生を手入れしなくては。
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# by ameri-ally-french | 2006-11-20 00:48 | 日常。

冬。

最近、寒さが増してきたので、実家(自宅)にストーブが出現した。
入浴時間も増した。温度も41℃設定から43℃に上げてみた。
肌が乾燥しだした・・・手の乾燥に必死でハンドクリームをつけるも追いつかず。

ポケットに手なんていれて歩いてみたり。
満員電車が心地よくなってみたり。(おしくら饅頭って素敵かも?)
気分がちょっとばかり落ちてみたり。

去年は島で生活をしていたので、この時期はまだ半袖だった。そして、マフラーもコートもブーツも、手袋も無縁だった。

なんだか、久々に冬の始まりを感じだした。

ナポリに行ったのは、かれこれ3年前。
ナポリの治安の悪そうな雰囲気に、警戒していたにも関わらず、おじいちゃんに声をかけられた。
「何か探しているのか?」と言われ、ついつい「バス停を。」と答えてしまった私。
それなら、案内してやるからついてこい・・・と言われた(イタリア語なのでわからないが、多分そうである。)私は、迷った。  バスの時間は迫っている。けれども、この治安の悪い、ナポリで・・安易に人についていくのは危険だ・・お金をとられるかもしれないし・・・。
けれども、頼みの綱はおじいちゃんだけである・・・と思い、お金をとられたら、とられただ・・ということでついて行くことにした。

案の定、バス停で私に向かって手をだした。
やっぱりねぇ・・・お金かぁと思う私の思いを裏切ったおじいちゃん。
よくよく聞いてみると

ホカロンが欲しいと・・・・。

えっ・・・。

日本人にもらって以来気に入っているんだとか。

おじいちゃんは悲しい顔で「ナポリには売っていないんだよ。」(多分そう言ったと思われる)

結局、私の被害はホカロン5個であった・笑。

ブルガリアやハンガリーやボスニア、チェコやポーランド・・・・のあの寒さに比べたら、まだまだ今の寒さなど、大丈夫と言い聞かせながらも、

島の友人からの、
「戻ってきてくれない?一緒に働こうよ。」
のメールに、心が揺れる今日この頃である。
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# by ameri-ally-french | 2006-11-17 22:10 | 旅の思い出。

はらたいらさん。

はらたいらさんが天に召された。
奥様の・・・「お酒が命を短くすることはわかっていました。けれども、彼の好きにさせていました。」

その言葉を聞いて思う。

末期の患者の願い。
「最期にお酒が飲みたい。」
「最期にタバコが吸いたい。」
「最期に・・・・。」

看護師として患者に接している以上、それを認めることはできない。
けれども、看護師の立場を脱ぎ捨てた時に思う。

最期のあり方を。


100歳近い患者に、治療として食事制限をしなくてはいけないときに思う。
塩分をとり過ぎれば、確かに体に悪い。
しかし、梅干しを食べたいという100歳の患者に、ダメですというのは何か違う気がしてしまう。

看護師失格かもしれないが、私はいつもみて見ぬふりをする。
もしくは、「見なかったこと・聞かなかったことにしますから。」と言う。

最期にタバコが吸いたければ、吸ってください。
最期にお酒が飲みたければ、飲んでください。

それが貴方にとっての、最期の幸せであれば。

そして、そして・・・・。
大先輩、100年も生きているんですから、
梅干しが食べたければ、食べてください。貴方なら、看護師や医者に言われなくとも、ご自分の体のことはよくわかっていますよね。

と、心の中で思いながら。
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# by ameri-ally-french | 2006-11-17 20:34 | 思うこと。

EU加盟?・・・してしまう?

現在、EU加盟国は25ヵ国である。
けれども、
2007年1月1日から、27ヵ国に拡大するそうだ。

新たに加盟する2ヵ国とは

ブルガリア・ルーマニアである。

そして、現在加盟候補国にトルコ・クロアチア・マケドニアが控えている。

EUの基本は経済強化であるようだが・・・・。(米国や日本といった対外的な競争相手に対抗してくために・・。)

あぁ・・けれども、個人的には加盟してほしくない・・・。

確かに、旅をしていてユーロ圏以外に行くと、お財布が複数となり、どこの国のお金かわからなくなり・・・大変である。けれども、それもバッパーの醍醐味であると思っている。

そして、ユーロ圏になると必然的に物価も上昇する。

あぁ、私の大好きなブルガリアのあのお店もこのお店も、そしてバスも電車も値上がりしてしまうのかと思うと・・・・悲しい。

そして、そして、そして、いつの日か・・・

コルナ(チェコ)・ズウォティ(ポーランド)・フォリント(ハンガリー)・トラール(スロベェニア)・クーナ(クロアチア)・コンベルティビルナ マルカ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)・ノビ ディナール(セルビア・モンテネグロ)・デナル(マケドニア)・レウ(ルーマニア)・レヴァ(ブルガリア)・トルコリラ(トルコ)

逢えなくなってしまうのでしょうか。
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# by ameri-ally-french | 2006-11-15 14:52 | 思うこと。

カード。

今年の父の誕生日。

父が好きなものは・・・本と酒である。
・・・ということで、今年の誕生日は日本酒と図書券を贈ることにした。

早速、酒屋に行き日本酒を3本購入。
そして、本屋に行き、「図書券をください。」と言うと店員さんに

「図書券はありません。今は図書カードです。」

知らなかった。
図書券までもが、カード化している事実になんだか寂しさを感じた。

それは、手書きの葉書ではなく、PCの葉書をもらった時などに感じる寂しさのようなものである。

なんだか、カードを贈るのは抵抗があったが、仕方ない、図書券がないのでしぶしぶ購入したのである。

世の中は、もの凄い勢いで便利になっている。

けれども、図書券は図書券のままでいてほしかった。

電車が好きな人たちが、Suicaを便利だと思いながら使用しつつ、切符をカチカチと切っていた時代を懐かしむように・・・・私も図書券が懐かしい。
     
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# by ameri-ally-french | 2006-11-15 14:31 | 思うこと。

夢だったかぁ・・・。

人は一回の睡眠で3つの夢をみると、何かで聞いたか、もしくは読んだことがある。
けれども、たいていの夢は覚えていないとか・・・。

私は比較的、夢を記憶しているタイプであった。
けれども最近は、かなりの疲労か睡眠不足がたたってかわからないが、いまひとつ覚えてない。

そんな私が久々に夢をみた。否、正確にいえば覚えていたとなるのか。
けれども、なんだか寂しい夢であった。

以前、大好きな人がいた。
まだ、彼の背景にあるものも、自分の背景にあるものも、そんなことはひとつも考えないで人を好きになっていた頃に、好きであった人。

彼はいつだって、バイトや旅を優先し、社会人となったら仕事に打ち込み、そして地球の裏側までとはいかないが日本から離れていってしまった。

そんな彼が、縁側から「久しぶり」と言いながら逢いにくるところから夢は始まる。最後まで彼は後姿であったが、夢でも充分彼を感じられた・・・・ように思う。たった1日一緒に居ただけだがなんだか楽しかった・・・・ように思う?  最後に彼は「じゃぁ」といって帰っていった。決して「またね。」ではなかった・・・。(夢ですら・・・。)

起きたとき、夢だとわかりながらも現実だと思いたかった私は、現実である糸口を探した。無論、そんなものはあるわけもなく、夢は夢のまま終わった。

今でも、彼のことが好きかと聞かれると、わからないがきっと今逢ってもときめかないだろう。

以前友人に言われたことがある。
「過去の人は過去なのよ。そのときの貴方が好きだった人であり付き合っていた人であり、今の貴方はその時よりもずっと成長したでしょ。  過去の価値観の男とよりを戻そうとするなんてナンセンスよ。」

友人の言うことは、一理あるというか、そうであるように思う。

まぁ、とにもかくにも久々に彼に逢えてよかった。
今日も素敵な夢みないかしら・・・・。

枕の下に本をいれて寝ると、その本の夢をみるという話を思い出した。
よし、自分で書いた小説を入れてみようかなぁ。

あっ、でもそうなると素敵な夢はみれないなぁ・・・。
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# by ameri-ally-french | 2006-11-11 21:56 | 日常。

手紙。

私は手紙が好きである。
出すのも、受け取るのも好きである。

旅にでると、毎日エアメールを書いている。

今日は仕事が忙しく、疲れて帰宅した。
テーブルに1通の手紙が置かれていた。それは友人からのものであった。
短い手紙であったが、久々に友人の字に触れて嬉しくなり、疲れが飛んだ。

メールや電話がこれだけ普及した世の中で、郵便の機能が失われないのは、きっと私と同じ気持ちの人が沢山いるからに違いない。

早速、友人にお返事を書いた。

さて、明日投函しよう♪
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# by ameri-ally-french | 2006-11-10 22:44 | 日常。

恩送り。

私は「恩送り」という言葉が大好きである。

意味は・・・

何か素敵なことを誰かに与えるとする。そう、例えば電車で席を譲る。
そうすると、大抵の譲られた人は素敵な気分となる。素敵な気分となったその人は、誰かに素敵なことをする。そんな風に恩が送られて、いつかまた自分に戻ってくる・・・確かそんな意味である。

それは、笑顔でもいいように思う。誰かに笑いかける。笑いかけられた人も笑う。そして、誰かに笑いかける。

そんな「笑顔連鎖」・・・・素敵である。

いいことをすれば、必ず自分に返ってくる。


                         はずである。
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# by ameri-ally-french | 2006-11-09 20:26 | 言葉。

シンプルに考えたいが・・・。

帰宅するとカマキリが半分となり死んでいる姿が目にはいった。
そして、鳥肌がたった・・・・。
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母が、虎之助に与えたらしい。
大きいカマキリだったために途中で食べるのを止めたらしい。

私は、昆虫が嫌いなタイプではない。
どちらかというと好きであり、ゴキブリも叫んだり逃げ回ったりするほど嫌ってはいない。

しかし・・・カマキリだけは大嫌いである。
とにかく、あの小ばかにした感じの絡みつくような視線と、光沢のある緑が許せないのである。

昔、理科の時間にならった「食物連鎖」。

生きるためにには、何かを犠牲にしなくてはならない。
そういう意味でも人は一人では生きられない。

自分が存在するだけで、すでに何かに迷惑をかけている。
いい意味でも悪い意味でも。

与え、そして与えてもらう。

このシンプルな生き方が世の中に浸透すれば、何か道は開けるかもしれない。


シンプルな生き方を考える度、
モスタルからサラエボに行くバスの窓からみた景色を思い出す。

家族で薪割りをしている。
煙突からはもくもくと煙が立っている。
子供たちがはだしで駆け回り、その姿を親たちが温かい目で見守っている。

そう、古き日本の姿がそこにあったように思う。
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# by ameri-ally-french | 2006-11-09 19:30 | 思うこと。

理想の空間・時間。

11月4日から5日の出来事。

ハンドクリームのような、畳やフローリングのような存在と、以前に表現した友人の自宅を訪れた。

彼女は結婚して子供がいる。
旦那さんとも友人であり、夫婦との付き合いはかれこれ8年以上となる。
そんな二人の愛する子はとてもかわいい♪

そんな3人の素敵な空間にお邪魔した私は、素敵な2日間を過ごしたのである。

夫婦の手料理が並ぶテーブルに案内され、ビールで乾杯をして素敵な時間が開始したのである。

久々の3人での時間、そして新しい友人である夫婦の子供との他愛のない時間は、私にとって究極の時間である。

沢山の話をして、笑って、そして旦那さんのかけてくれるセンスの光るレコードの音に酔いしれた。

素敵な時間というのは、非情にも急激に過ぎ去るものであり、気付けば真夜中である。
ひとまず先に寝た旦那さんと、新しい友人の寝顔を横目でみながら、私と友人もしばし床につくことにしたのである。

ふと目覚めたのは8:30。
ふと横をみると、友人はすでにいなく台所でお味噌汁を作っていた。
そんな風景に、看護学校時代のことを思い出す。
よく、二人で料理をしあって御飯をともにしていたなぁ・・と。

飲みすぎた旦那さんと、babyは起こさず二人で朝のひと時を楽しんだ。
朝のゆっくりした時間を、4人の空間で2人静かに過ごすのは至福の時である。そこには暖かい空気が流れているのだ。

その後、旦那さんも起きてきた。
友人が洗濯機を回し、旦那さんはお風呂に入り、私は新しい友人と遊ぶ。
そして、洗濯機が終わり、旦那さんはお風呂からあがり、友人はソファーで読書を楽しみ、私は新しい友人を抱き寝かしつける。
そして、旦那さんは洗濯物を干し、新しい友人は眠る。私と友人は心地よいソファーで読書を楽しむ。

私と友人の旦那さんの共通項は「本」。とくに「村上春樹」である。
旦那さんに借りた「象の消滅」を読む。

世の中には正しい結果をもたらす正しくない選択もあるし、正しくない結果をもたらす正しい選択もあるということだ。このような不条理性・・・といっても構わないと思う・・・を回避するには、我々は実際にはなにひとつとして選択してはいないのだという立場をとる必要があるし、大体において僕はそんな風に考えて暮らしている。起こったことは起こったことだし、起こっていないことはまだ起こっていにことなのだ。

そんな村上春樹ワールドをは、この素敵な空間の素敵な時間にぴたっと合うのである。
しばし、各々の時間を楽しんだ私たちは、その後旦那さんの買ってきたマックを食した。
何年ぶりかに食べた、マックはジャンクな味がしておいしかった。
たまには、ジャンクな感じもいいかもしれない。

その後、友人たちとお散歩がてらbabyをバギーにのせ、暖かい空気を吸いながら駅に向かい、3人とお別れをし、家路に着いたのである。

そう、私が好きな空間・時間とは、人と一緒にいる空間で各々の時間を楽しめることである。
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# by ameri-ally-french | 2006-11-06 19:47 | 日常。

ジベルバライロヒコウシン。

ジベルバライロヒコウシン・・・に罹患した。
漢字を含めると「ジベルばら色粃糠疹」である。

ジベルさんが発見した、薔薇状に広がる発疹のためそのような名前がつけられたようだ。

腹部から始まった発疹は、みるみるうちに体中に広がった。
原因は不明だというが、免疫力の低下によるものだといわれた。
2ヶ月で消えていくそうだが、日々広がる発疹に、本当は違う病気ではないかと疑う私。

今日は受診日。
先生が一言。
「広がっていますね。あと1週間経過しても改善しなかったら内蔵の病気も疑いましょうね。」

えっ・・・・。こんなとき医療従事者としては様々な病気が頭を駆け巡る。
自分のこととなると気弱になる自分に、以前胃潰瘍で入院したのに胃癌であると信じ、命を絶ってしまった人を思い出した。

無知ほど怖いものはない。

というが、

時に、無知であることも必要である。

けれども、ただの腹痛だと思って我慢していたら・・・・もうすこしで破裂していて命も・・・なんていう、虫垂炎の患者さんもいる。

無知であるべきか。
無知でないべきか。

それにしても、早く発疹が消失してくれないものか。。。
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# by ameri-ally-french | 2006-11-06 18:58 | 日常。