「人生とは旅であり。旅とは人生である。」
この言葉は、沢木耕太郎の深夜特急で出会った言葉であり
今でも好きな言葉のひとつである。
最近、これに匹敵する素敵な言葉に出会った。
「歴史とは人間である。」
この言葉は、塩野七生のローマから日本が見えるで出会った
言葉である。彼女は冒頭でこう語る。
「どんな人間であろうと、自分の一生の中で経験できることは
限られている。たとえ政治家になって大きな権力を握ろうとも
、その人には芸術家としての人生は体験できない。努力に努力
を重ねて世界的な大企業のトップに上り詰めても、そこで経験
できることも、主として企業人の人生でしかない。だからこそ
私たちは映画を観たり、本を読んだり、あるいはテレビを見たり
する。そこには、自分が体験できない種々様々な人生が語られ
ているから。歴史とは、人類がこれまで経験した全てのこと
が入っているのである。だから歴史は興味深いのである。
今年も沢山の本に出逢った。来年も沢山の人生を感じたい。
そんな風に思ったのである。
最近私の好きな「村上春樹」が訳した本が出版された。
最近この本を持っている人、購入している場面、読んでいる途中
の人に出くわす。
それが例え知らない人であっても、彼の作品を読んでいるという
事実だけで、親近感に似た感情が自分の中に駆けめぐるのである。
初めて逢った人が自己紹介で「村上春樹を愛読しています。」と
言ったのならば、それが目の前の人物の全てを語っているように思うの
である。
被害妄想・暴力行為の激しい88歳の患者。
夜間その激しさは増していく。彼女の息子に電話をかける。
遠くに住んでいるにも関わらず、すぐにきてくれた息子。
「本当にすみません。前回の入院でもこんな状態だったん
ですよ。本当に困っていまして・・・。自分が小さい頃から
こんな母親でして・・・。人の話など聞くような人ではないのですよ。
この人のおかげで私の人生もだいぶねぇ・・。」
なんだか疲れきった息子さんの話を聞いていると、悲しく
なってきた。
親で自分の人生が変わってしまった・・・と、娘ほど歳の離れた私たち
にもらしてしまった息子さんの心の中は。
自分の両親にもいずれくる「老い」。 私はその時それを受容できるの
だろうか。
とうとう、高校時代からの一番の友人から結婚式の招待状が届いて
しまった。さて、行くべきか否か。今も考えている。
新人の頃からとてもお世話になっている先輩からメールが届いた。
2年後の4月に結婚するので、空けていてほしいとのこと。
2年後の4月・・・・果たして私は何をしているのか?
一寸先は闇というけれど、先のことをいうと鬼が笑うというけれど、
私は明日の自分でさえ見えないのである。
「チベット仏教というのはそういうものなんだ。善いことをすればいつか
必ず報われる。悪いことをすれば、いつか報いがある。」
「日本でもよくいうじゃない。」
「違うんだって。」
「日本人はその報いをすぐにほしがるだろう。でも、違うんだよ。
今じゃなくていいんだ。生まれ変わった後に、それが返ってくるかも
しれない。日本人は即効性を求めるから、いつも苛々、せかせかして
いるんだよ。」
今、仕事場の患者の数は少ない。定員数37に対して17名である。
ひとりの患者さんにかけられる時間はいつもの倍以上である。
心に余裕があるときは優しくなれる。 人生は短いか、長いか?
と問われてもわからない。けれども、心に余裕をもつことで何か
が得られる・・・そんな気がした。
生きることの基盤は、「優しさ・思いやり」なのかもしれない。